"Tout chef politique doit avoir l'instinct du tueur !"

(全ての党派のリーダーは、殺し屋の本能をもっていなければならない!)

Françoise Giroud フランソワーズ・ジルー|これ!このことば!!フランス語名言集

-Françoise Giroud フランソワーズ・ジルー ( 1996 - 2003 )

 

フランソワーズ・ジルーは、映画シナリオライター、ジャーナリスト、作家、雑誌の編集・出版者、政治家というキャリアをフランスで築いた女性です。

彼女は、日本でも人気の女性トレンド情報誌ELLEや、政治・経済・時事問題を扱っては権威のあるL’Expressの創始者でもあります。    

華々しいキャリアの裏で、多くの困難や逆境と戦ってきたジルーの生涯は、たくましさと聡明さと激しさによって開かれていったものであるという印象をうけます。

聖人のように尊敬できる生き方ではありませんが、己にとことん誠実に生き、全エネルギーを使って、自分のすべきこと、やりたいことの道を駆け抜けた彼女のライフヒストリーを知ると、「全力で‘今’を生きているだろうか」と毎日を振り返るきっかけになると思います。

 

さて、そんなジルーの上のことばは、少々はげしいように思われるかもしれませんが、わたしたちに多くのことを教えてくれます。

上のことばは、彼女が政界を去った年に執筆した≪La Comédie du Pouvoir≫という著書の中に記されています。    

ジルーは、1974年から1976年の2年強を女性の社会における地位改善を担う政務次官として登用され、それから1977年の3月まで文化省の政務次官として任務を果たしています。

その際、ジルーを起用したのは、フランス第五共和政第三代共和国大統領ヴァレリー・ジスカール・デスタンValéry René Marie Giscard d'Estaingでした。

 

ジスカール・デスタンは、フランス史上3番目に若くして大統領となった人物で、その人柄は紳士そのものであったと評されています。

階級による差別が依然として残るフランスですが、国民に密着した大統領であろうとしたジスカール・デスタンは、身分の差を嫌い、シャンゼリゼを車ではなく徒歩でパレードしたり、市井に融合しようとして、その家族と一緒に食事をした人でもあります。また、1979年に行われた東京サミット(先進国首脳会談)の最後の昼餐会では日本料理がふるまわれたそうですが、唯一ジスカール・デスタンは座敷にあがるまえに自分の脱いだ靴を後ろ向きになって自分で向きを変え、隅のほうへ置いたというエピソードも残っています。    

その紳士さと誠実さは、人々の上に立つ人物として申し分のないように思いますが、ジスカール・デスタンは2期目の大統領選に落選しています。大統領に権力が集中しているフランスでは、一度大統領の座につけば2期目の当選は難しい問題ではないとよくいわれます。しかしながらジスカール・デスタンは、政界の当然なる不明瞭な権力闘争の中で、フランソワ・モリス・アドリヤン・マリー・ミッテランFrançois Maurice Adrien Marie Mitterrandに大統領の座を奪われてしまいました。

そんなジスカール・デスタンを評して、「彼には≪l'instinct du tueur≫(殺し屋の本能)が足りなかったのだ」とジルーはコメントを残しています。    

 

ここでジルーのいう≪l'instinct du tueur≫とは、「殺し屋の本能」と訳されますが、金や組織のために簡単に人の命を奪う殺し屋の心理をいっているのではありません。

これは、勝つか負けるか、その結果殺すか殺されるかという究極的に追い込まれた状態に陥ったときに、倫理やモラルを超え、そこから抜け出るために湧き出てくる本能のことをいいます。

「困難な状況を越えて生き残る」という意味では、「サバイバル」ということばを思い浮かべるでしょう。しかし、「サバイバル」は運命が味方したり、誰かの協力も含めた困難の突破を含めますが、≪l'instinct du tueur≫はそれに比べ、「個の保存」というものに対する当人の意思が大きく働いた結果、困難を突破させうるものであります。

 

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