"Vous n'avez pas des os en verre. Vous pouvez vous cogner à la vie. Si vous laissez passer cette chance alors, avec le temps, c'est votre coeur qui va devenir aussi sec et cassant que mon squelette. Alors allez-y, nom d'un chien. "

(君の骨はガラスでできているわけじゃない。君は人生にぶつかっても大丈夫だ。もしこのチャンスを逃してしまったら、時とともに、君の心は僕のがりがりの骨と同じように、乾燥して壊れやすいものになってしまうよ。さあ、行きなさい、何してるんだ。)

映画『アメリ』|これ!このことば!!フランス語名言集|レポート|コクボコミュニケーション

-映画『アメリ』のガラス男M.Dufayel

 

「フランス映画といえば?」と聞かれたら、おそらく多くの方がJean-Pierre Jeunet監督の映画『アメリ』«Le Fabuleux Destin d'Amélie Poulain(アメリ・プーランの素敵な運命)»を思い浮かべられるのではないでしょうか。    

幻想的な色彩で映し出される映像とメインのサウンドトラック『La valse d’Amélie(アメリのワルツ)』は、わたしたちが直観的に心に思い浮かべるフランスのイメージを、再度強烈に印象づけるものがあります。

恋愛、美しい風景、カフェ、クレーム・ブリュレ、辛口のユーモア、割り切れない人間関係・・・『

アメリ』の物語を構成しているパーツのそれぞれが、まさに“フランス的”な感じがします。

しかし、フランスの“現実”や“ありのままの姿”は、『アメリ』の世界では描かれているとはいえません。実際に、フランス人口の約5.5%(最も移民の多い市のSaint-Denisでは約25%、Parisでは約8.5%*2008年現在)をも占める黒人やアラブ系の移民が登場していないことから、人種問題を含む右翼傾向の作品であると批判されたりもしています。

つまり『アメリ』の世界は、まさしくわたしたちの“心象のフランスの世界”なのです。

それを、実際にパリに存在するもので映像にし、アメリをはじめとするユーモラスな登場人物の物語とすることで、観るものにフランス・パリへの熱烈なファンタシズムを抱かせるところに、ヒットの理由の一つがあったと考えられます。フランスのソフト・パワーがぎっしき詰まった映画だといえるでしょう。

 

さて、ちょくちょくと出てくる詩的で、心動かされることばも、『アメリ』の映画の魅力です。その中でもとくに上のことばは人気ですね。

骨が弱く、「ガラス男」と呼ばれているM.Dufayelのことばです。

恋心を抱きながらも、勇気を出せずにいるアメリに向かって、彼はビデオを送ります。そのビデオの中で、彼はアメリに上のメッセージを伝えるのです。これによって、アメリは行動する勇気をえます。アメリの心を揺さぶり、行動に移す力をもったこのことばは、まさに名言といえるでしょう。

 

アメリの場合は恋愛でしたが、この名言は決断できないでいるすべての状況にあてはまるでしょう。人生は選択の積み重ねです。運命と呼べるような大きな波の中でも、つねにわたしたちは選択を積み重ねているのだと思います。 勇気をもてなかったり、失敗を恐れたり、自信をなくしたり、迷ったり・・・。正しいと思うことや、自分がそうしたい、そうありたいと思うことでさえ、素直に言動に移すというのは難しいものです。その決断が大きければ大きいほど、たくさん悩み、先延ばしにしたり、断念しようと思ったり、時には諦めてしまうこともあります。 何が正しいのかはわかりませんが、ただ、「今」できることは「今」やる、アタックしてみるというのは必要かもしれません。

何か完璧にしてからにしよう、とか、これが終わったらにしよう、など、いつかのそうありたい姿を思い浮かべるだけでは、やはり何事も動きださないのだろうと思います。若いうちは、時間が無限にあり、平均寿命くらいは生きて当たり前だという姿勢で物事を考えがちですが、いつ何があるのかわからないのが現代であり、人の運命です。いざ、何か思いがけないハプニングがおきたとき、だれも自分とは代わってくれないでしょうし、だれも本当の意味での責任はとってくれないでしょう。

Apple創始者のスティーブ・ジョブスが毎朝鏡の前に立ち、   「“If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?” もし今日が自分の人生最後の日であるならば、今日やろうとしていることを私は本当にやりたいのだろうか」、   と問いかけていたという逸話は大変有名ですね。

彼をはじめ、時に関する多くの名言が残っています。このことばからもわかるように、時というものは誰しもが持っている実に貴重な資源です。当たり前ですが、過ぎ去った時は二度と戻ってこない。長くても1世紀の限りある命のともしびの中で、“生きがい”について、あるいは“苦労はするけれども後悔しない選択”についても、自分の頭と心でしっかりと考えていく必要があります。

そして、ゲーテのように、現世から去る時に、「Pourtant, la vie été belle」(それでも、人生は美しかった)といえること、それがこれからの精神の時代の一つの生きる道となるかもしれません。

周囲の期待、安心・安定・安全に対する切望、失敗への不安やそれを恥じる気持ち、そういったものが、自分の内部にある「心の声」を妨げるときもあるでしょう。

しかし、刻々とすぎる時の流れのまさに「今」、「この瞬間」、自分の中の心の声に素直に耳を傾けてみてください。何か欠けている、何かが足りないと感じる人は、心の声に従って行動することで自分が思ってもいなかった第三の道を将来歩んでいるのかもしれません。

また、本当はこうしたい思う人には、勇気をもって行動することによってそれを実現している自分に数年後に出会えるかもしれません。

 

M.Dufayelの上のことばは、悩めるわたしたちを勇気づけ、心の声に従って行動にうつさせる力強い名言です。

この名言集をご覧くださったみなさまにも、アメリのように行動する勇気がわいてきますように・・・!

 

最後におまけの話ですが、nom d'un chienということばについてです。映画では、«Alors allez-y, nom d'un chien»で「さあ早く行くんだ」と翻訳されており、nom d'un chienには特に訳をつけていないのですが、辞書では「畜生」や「くそ」などの意味で載っています。日常会話では、必ずしも口汚いことばとして用いられているわけではありません。驚き、怒り、いらつきなど、自分の激しい感情を示す表現であり、仲間うちのくだけた表現の中ではふつうに用いられています。しかし、改まった場所や目上の人には決して使わないことばであり、時と場所を見極められない場合や相手との関係や距離感がはっきりしていない場合は、使わないようにしたほうが無難だといえるでしょう。

 

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